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希望

    
1111  '実るほど頭を垂れる稲穂かな'に似て



9月の頃、エジプトの田園風景に色を添えていたのは、随所で見かけた背の高い、あるいは低いナツメヤシの木からたわわにぶら下がった、黄色く色づいたナツメの房状の実でした。

10月から11月にかけて収穫期だそうで、太い幹をよじ登り、房の根元から切り落とすようです。丁度、秋に日本各地で見られる黄金色にかわり頭を垂れて実る稲穂に似ている印象でした。
糖分をたっぷりと含んだ甘いナツメの実は、そのまま食べても良く、また乾燥させて保存すれば甘味が更に増して、アンズやブドウ、イチジク等と同様に中近東地方での欠かせない大切な果物となっています。

イスラム教徒の人たちは、モーセ五書(旧約聖書の冒頭を飾る創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記を指し、モーセが神の導きにより書いたとされる)をコーランと同じく大切にしています。その中で、エジプトを出たイスラエルの民に、神は乳と蜜の流れる地(カナンの地とされる)を与えると約束していますが、蜜こそナツメの実を指していたのでは?と考えられます。
ラマダン中のエジプトでは日が沈むと、ナツメと牛乳、それに水や砂糖と入れたジュースやナツメやアンズ、ブドウに水と砂糖を加えてジュースをつくり飲んで、まず口の渇きやすきっ腹を癒す習慣があるそうです。そして、日没時に行なう4回目のお祈りを終えてから、ゆっくりと食事を摂るそうです。早飯、早ぐそ、早走りを美徳としたどこかの国とは大違いのようです。

挨拶は、'サラーム アレイクム'(あなたに平和を!)と言って呼びかけると、
'アレイクム ツ サラーム'(あなたにこそ平和を!)と返事が返ってくるそうです。
インシャ アッラーという言葉は、世界中に知れ渡っていますが、本来の意味は'最善を尽くした後は神の思し召しにすがる'ということだそうで、イスラム教徒(モスリム)の謙虚さを表しています。

エジプト旅行の思い出に、ナツメの実をチョコレートで包んだ菓子箱を買いました。
家に帰り開けると、金色紙に包まれたチョコレートの大きさが皆違っていて、中に入っているナツメの実のサイズがまちまちで手作りであるのが偲ばれて、一層エジプトに愛着をを感じました。
     




1112  アンクが十字架になった!?




古代エジプトの遺跡から発掘された絵や彫刻の中に、丸とT型を上下にくっつけてデザインしたアンク(生命を表しているという)と呼ばれるものがあり、神殿レリーフの装飾に用いられ、護符の役目を果たしていたと考えられています。

グレコ・ローマン時代(BC4世紀後半〜AD3世紀)にエジプトでつくられた神殿は、五つ発掘(エドフ神殿、コム・オンボ神殿、アスワンのイシス神殿は有名)されていて、エジプト伝統の建築様式に倣っています。そこにもアンクが描かれていて、後にキリスト教時代(東ローマ帝国の支配したAD5世紀からAD7世紀前半)になって、神殿を教会として使った際の名残として、イエス・キリストの犠牲を表す十字架の削り込みも、壁に見て取れます。
エジプト人ガイド氏によると、アンクがヒントになって十字架のデザインが生まれたと考えられるとのことでした。
また、オシリス神とイシス女神との間に生まれたのがホルス神とされていますが、イシス女神がマリア、ホルス神がイエス・キリストのモデルになったのでは?との説明でした。

古代エジプトでは、人は死ぬとオシリス神になって冥界に復活すると信じていて、オシリス神は再生復活を意味する緑色に塗られ、足はミイラのように束ねられて描かれました。
オシリス神話では、冥界の支配者オシリス神は、嵐と暴力の神で弟のセト神に殺されてしまいましたが、心優しい妻のイシス女神はエジプト中にばら撒かれた夫オシリス神の肉片を集めて周り、元の体(ペニスだけは見つからなかったという)に戻します。一方、息子のホルス神はセト神と対決して打ち勝ったとされています。国王(ファラオ)はホルス神(隼の姿であらわされる)の化身と考えられました。
聖書では、神と対決したサタンが、平和な日々を楽園で送っていたアダムとイブを誘惑して騒動を起こしてしまい、元の鞘に戻す為に救世主(キリストもしくはメシア)が地上に送られた設定になっています。

果たして、静かに成り行きを見守るヤーヴェ神がオシリス神、神のひとり子イエスがホルス、心優しい処女でイエスを身ごもったマリアがイシス、サタンがセトに置き換わったのでしょうか?
      




1113  隣の席は宝の山



イスラム世界では苗字がない。

男であれば、自分の名前の後に続けて父親の名前を言ったり、更に補足して祖父の名前を言ったりするそうな。日本でも、古くは高級官吏など一部のエリート以外の殆どの人は名前しかなかった時代が長く続きましたが、自力で山や野原を開墾して田畑にしていった自作農兼武士層が出現する(平安後期から鎌倉期にかけて)と、土地の名を苗字として使うようになり、何とか在の何太郎(熊谷の直実)といった呼び方が、広く定着しました。
西洋でも日本に似ていて中世以降、農地を所有する貴族や騎士階層で所有地の名前を苗字として使うようになっていきました。

私たちの真夏のしかもラマダンと重なった旅行団のカイロ/ルクソール間のチケットは、エジプト航空カイロ事務所で発券された所為か、搭乗券の氏名が苗字ではなく名前だけになっているのが多くありました。子供の頃は、学校で先生や友達に、そして家でも名前だけを呼ばれて返事をしていましたが、その後は苗字を自分と思い込む生活をしてきた日本人の多くは、突然名前だけを呼ばれても戸惑ってしまいます。そこで、隣の席は宝の山という格言もありますし、1時間ほどの短いフライトですからと断わって、適当に搭乗券を配りました。
ペルーのマチュピチュへと日光のいろは坂のような坂道を400米登っていくバスの中で、隣り合わせたアメリカ人の青年と交わした20分ほどの会話や、スイス航空機内で臨席となったスイス人ビジネスマンとの出会い、パリのラーメン屋で偶然に隣に座っていた日本人老夫婦から聞かされた、半年と限って住みに行ったスペインでの体験談などプラス志向でチャレンジしながら生きている人たちとの出会いの場を隣席がつくってくれたのを思い出していました。

さて、次の私の旅はヨルダン・シリアですが、果たして既にビザ取得の為、亡くなった私の両親の名前を大使館提出の書類に記入するように求められました。
苗字のない名前を連ねる国に行ける喜び?は、ひょっとしたら又'隣の席は宝の山'現象が起きて、新しい出会いが生まれるかも知れませんね…。
     




1114  貴方よりもタバコを選ぶ



その時にしか言えない言葉(ユーモアに富んだジョーク)は、考え抜いた末に生まれるのだそうで、絶妙のタイミングで発せられる芸を磨いている同好の輩が、欧米社会には大勢いるといいます。

日没後に行なわれる音と光のショーでは、長い間砂の中に埋まっていた、ラムセス2世が第一カタラクトよりも南のヌビア地方を支配した力の象徴として、ナイル川渓谷の岩を刳り抜いて造ったアブシンベル神殿を、風が語っていく形式になっています。
古代エジプト人は、天の惑星や恒星、地や空に遍く存在する森羅万象・いきものを神話の中に取り込んで宗教体系をつくりあげましたが、風神(古代の中国、インド、ギリシャでは存在していた)はいなかったそうです。

ナセル大統領の業績と讃えられる、8年分の全エジプト人の生活用水を溜めたナセル湖(全長500キロに及び、南隣りのスーダンにも200キロ入っているという)の堰(ダム)がアスワン・ハイダムですが、近くにはヌビア沙漠(大雑把にサハラ砂漠の一部と言っても許される?)のサラサラした肌理の細かい砂があり、バスを停めて砂拾い(日本に持ち帰るお土産の一環として、エジプト人ガイドが奨める)をすることになっています。
そこで、ユーモリストの日本人客のお一人が、試合で負けた甲子園球児が全員で甲子園の砂を袋に詰めて持って帰るのは間違っている。2度と甲子園に戻ってこない3年生だけがすべきで、2年生や1年生は又来るチャンスがあるので、砂拾いに加わる必要はないはずだし、まして甲子園の砂は中国から輸入しているそうだと、皆さんに親切に新説を話されました。
50歳近くまで独身を通してこられたその方は、20年ほど前に好きになった女性にプロポーズされたそうですが、タバコを吸うのを止めて欲しいとたった一つ注文をしました。
すると彼女は'貴方よりもタバコを選ぶ'と、きっぱりと明々白々な、きつ〜い一発を見舞ってくれたそうです。
    




1115  ビクトリア朝時代を生きたフランス人ジュル・ベルン



Around the W orld in Eigty Days(80日間世界一周)の作家ジュル・ベルン(1828〜1905)は、フランスのロワール川の河口の町ナントで生まれました。

小さい頃から旅行への情熱を強く感じ、11歳で無謀に海にチャレンジしますが、失敗して家に逃げ帰った体験をします。そして、母親にこれからは空想だけで旅をする約束をしたことが、彼の将来を予言するかの如くになりました。
ベルンは世界的な名声を博した空想・冒険作家のパイオニアとなり、Journey to the Center of the Earth(地球の中心に向かっての旅)やTwenty Thousand League Under the Sea(海底2万リーグ)などの作品で一大センセーションを巻き起こして、大人も子供も夢中にさせました。

'80日間世界一周'は、1873年当時の世界をパノラミックに紹介していて、'ドン・キホーテ物語'に似た作品で、沈着冷静で財力のあるイギリス紳士フィレアス・フォッグと忠実な従者パスパトゥーが僅か80日で世界一周にチャレンジする中で、次から次へと起きる解決不可能に思える事件を乗り越えて、ゴールに一歩一歩近づいていきます。
大英帝国植民地インドで行われていた女性を生贄にするサティ、中国でのアヘン、アメリカのモルモン教徒への迫害の歴史にも言及していて、様々なエピソードが挿入された痛快娯楽旅物語で、蒸気船、鉄道、馬車、ヨット、荷物運搬船、ソリ、象といった乗物を駆使して、約束の時間の僅か1分前にゴールする血湧き胸躍る作品に仕上がっています・
太陽に向かって東回りで出かけたのが怪我の功名となり、1度進むごとに4分失う計算に気付かず旅をしてしまいましたが、旅の途中で救ったインド美人と結婚しようと牧師館へパスパトゥーを使いに遣って、初めて丸1日得をしたのに気付いて、紳士仲間との賭けに勝って、万事目出度しで幕となりました。
 
ベルンの生きた19世紀後半の時代は、イギリスやフランスを中心に世界が回っていて、自信に満ちた白人知識貴族階級がノブレス・オブリジェ(責任あるリーダーシップ)を感じて生きていました。
深い霧の中を進む船に乗っているような現代の私たちにとって、ノブレス・オブリジェは果たして出現するのでしょうか?









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