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希望

  
986  1860年創業のリカ・ブラカネスホテルこそ神の御業と人の業の合体


ノルウェーのハルダンゲル・フィヨルドの最奥の一つウルヴィックの集落は、人口僅か千人ちょっとで誰もが誰もを知っている昔ながらのコミュニティです。

その地は正面奥に所々雪を被った木の生えていない裸の岩山が広く横たわり、一方左右の両翼は緑の木々の葉が頂上から水際までなだらかに傾斜している山があり、これらの山に三方を囲まれた中に湖のようにみえる淡水と海水が入り混じるフィヨルドがあり、残されたホテルの建つ側だけが平らに開けた空間で、小集落があったり少し離れた山麓に農家が点在しているといった風景で、18〜19世紀にかけて描かれた自然派の絵を彷彿させてくれました。
6月の半ば、早朝(4時半)に目を覚まし縦長の観音開きの窓を押し開くと、正面奥の荒々しい岩肌が露出している裸山の頂付近に金色いろの日の光が当たっています。
無風の湖面には、三方の山々の姿がそのまま逆さに映しだされていました。眼下のホテルの庭には、黄色や紫、白色の木々の花や草花が植えられていて色を添えていて、二羽のカモメが愛を確かめ合っているかのように鳴きながら湖上を舞っていました。
やがて、水面に波が立ち一瞬にして平和、永遠が消え去り不調和が生まれました。
本当に至福は得がたく、一瞬の中に生まれ消えていく儚いもののようです。

それにしても夏にやってきた、僅かの乗馬やハイキング客の為の宿泊施設をつくったのが始まりで、今のブラかネス(この地は遠い昔からそう呼ばれていたと言う)ホテルへと成長したそうですが、ロビーや廊下の壁に当時の写真が掛かっていたり、できるだけ昔の風情を残そうとするホテル経営者の姿勢が感じられて、フィヨルドの最奥の村に神の御業を大切にして生きる人たちをみました。



987  ノルウェーの年平均収入は600万円


バブル期の頃(1980年代)、日本はノルウェーよりも豊かでした。

1970年代に北海で油田が見つかり、無駄使いをせず500万人弱の国民の教育と福祉に重点を置く目的を決めて政治をした結果、今では世界一の豊かな国になり当分は続くことでしょう。
ドライバー氏は日本人の勤勉さや平和を愛する和の精神、そして自動車や電化製品、産業機械に代表される日本製品に尊敬の念を抱いているようでしたが、政治家や官僚、経営者や教育者など日本を支える根幹が疲弊してきている今の日本を理解していない様子でした。

理想の社会は与えられるものでなく努力して勝ち取るものだと思いますが、正にノルウェーこそ皆で力を合わせて自然に挑み、自然との調和を見つけ、人との関係にも大人の成熟したバランス感覚を身に付け、一時のあぶく銭(北海からあがる石油収入)に惑わされることなく生きている結果だと思うと伝えてあげた、夕食後の会話でした。



988  スターブ式教会とは


ノルウェーに行くと、7〜800年もの昔に建てられたというスターブ式教会を目にすることになります。

同じ頃、イギリスやフランスではゴチック様式の教会が盛んに造られていました。
何れの建築も神の座す天へと近づきたい意思が表れていて、高く空へと真っ直ぐに伸びようとする特徴があります。違いは建築素材にあり、スターブ式では木材を使い、ゴチック式では石が使われています。両者の間には何らかの繋がりがあるのでしょうか?

ハンザ同盟都市の一つであったベルゲン近くで北海に繋がっている長さ百キロに及ぶハルダンゲル・フィヨルドの中にスタインダル滝があります。スタインダルとは岩が狭くなっている所という意味だそうで、この滝は名前の通り岩と岩が左右から迫ってくる狭間を水が勢いよく流れ落ちていて、楽しいことには滝の裏側を歩くことができます。
滝の前の広場にバスを停め、滝の散策を終えた後、トイレを借りるため傍の土産店に入りました。
店の中年の奥さんにスターブ式教会の由来について尋ねてみました。
近くで雑用をしていたご亭主が助け舟を出され、次のように説明されました。
スターブとはノルウェーで昔から家をつくる際に行なってきた建築法で、特殊な木を使い真っ直ぐに高く建てたそうで、スタンディング・ウッド(真っ直ぐに立つ木あるいは板)のことだそうです。また、杖のことをスターブと呼ぶことも教わりました。
奥様のご主人を見る眼は誇りと嬉しさで輝き始めていました。
そんな伝統の家を教会に応用して、地上での神の住まいとして建てたということのようでした。
'ノルウェーの赤ちゃんはスキーの板を足に履いて生まれる'という諺があり、ノルディック・スキーの発祥の地であり、スキーとは家の周りを囲む縦に長い板塀を指していて、実際に板塀の板を履いて滑っていたと以前聞いた覚えが蘇ってきて、その土地に似合った素材から文化が生まれるのだなーと思った次第です。



989  不完全さが証明された人か?完全さが証明されていない人かの違い


Proven to have been imperfect or unproven to be perfect !
Which do you choose ?
貴方はどちらを選びますか?
結婚相手を選ぶ際は両目をしっかり開けて選び、結婚後は片目をつぶって生きると言う賢者の言葉もあります。
子育ては犬を躾けるように忍耐強く、同じメッセージを淡々と長く続けることだとも言います。
どちらを選ぶかはたいしたことではないのではないでしょうか。
少しでも向上したいと願い、努力する気持が大切のように思います。
他人のために役に立ちたい、優しい心を育て持ち続けることが大切のように思います。

私達は何処から来たのか?そして何処へ行くのか?知り得ないコントロールできない中にあり、強く生きるためのコンパスは、自分で探す自由があり、そして責任もあります。



990  エアー・カナダ機の中で2本のインド映画をみる


2007年の7月4日のトロント国際空港は、いつもと変わりはありませんでした。

数日前に英国では、車に仕掛けられた爆弾がロンドン市内で見つかったり、グラスゴー空港では爆破事件が起こっていて、アメリカの独立記念日が近づくにつれて緊張が高まるのでは?と心配していました。
世界中の言葉が聞かれる町がトロントです。人口も今は530万人を突破したそうで、人々が集う所という先住民族の言葉トロントが町の名前となった経緯もあり、オンタリオ湖畔に広がる平らな見通しのきく平野に開けた町は、古いものと新しいものが調和して発展をしています。
水が美味しく、人種差別もなく、世界中からの移民で構成されるカナダの国を代表する航空会社がエアーカナダであり、日本へと向かう1便には最新のエンターテイメント・テクノロジーが使われています。
座席の前の背もたれに取り付けられた画面に指で触れるだけで、見たい番組が操作できるようになっていて、肘掛の中からコントロール・ボックスを取り出してボタンを押す従来のものではありませんでした。
映画だけでもハリウッド、クラッシック、フランス、インターナショナル、カナダなどに分かれていて、それぞれが3本の映画を紹介しています。

インターナショナル版から本当に久しぶりにインドの東に位置するベンガル地方(カルカッタが中心)の人たちを描いた映画を見ました。今はボリウッド映画(アメリカのハリウッドに対抗して)が全盛で西のボンベイあたりで盛んにつくっていますが、伝統のインド映画と言えば、サダジット・レイ監督に代表されたベンガル映画でした。
バック・ミュージックにシタールとタブラーの演奏が流れ、水の流れのように、大木の遅々とした成長のように,黙々と生きる人々を描く、大地に足がしっかりとついた、あるいは伝統や因習に諄々と従って生きる人々、もしくは'大都会'という映画のように職が見つけにくい都会の中で生きる若者が、権力に飲み込まれ自分を見失うといった社会問題を扱った所に特長がありました。

今回の映画では、1970年代の頃、列車に乗り合わせた中年男性から主人公の若者はベンガルを飛び出して世界を見るべきだと諭された直後に列車の転覆事故に遭いますが、奇跡的に若者は救い出されたのが動機で、アメリカのニューヨークに雄飛します。やがて、故郷に帰り見合い結婚をして、暑い暑いベンガルを離れて妻を伴って寒い雪の積もるニューヨークへと戻ります。2人の子供が生まれ、、成長した子供はアメリカ式の生き方と親の言う伝統のインド・リズムの中でサンドイッチの二重生活を体験します。
そして、突然に父親が亡くなったのをきっかけに、息子はベンガル人としてのアイデンティティに目覚めていくといったストーリーでした。
どこにでも見かける親と子供の世代の確執やセックスに対する考え方の違い、見合いと恋愛のギャップも取り入れられていて、見ごたえのある作品に仕上がっていました。

もう一本の映画はカナダ作品としてつくられたものでしたが、舞台は1947年〜1948年にかけてインド大陸で起ったPARTION(分割)問題を取り扱ったものでした。
150年に及ぶ英国の支配が終わり、インドの地はパキスタン(回教徒)とインド(ヒンズー教徒)に分割して独立する歴史的事件が起こりました。その際、大勢の人が西へ東へと移動して行ったのですが、今に至るまでその時に起きた言葉では表わし難い惨事は尾を引いています。60年の歳月が経った今、カナダであって初めて今回の映画が製作できたのでは?と思えるふしがあります。
シーク教徒(インド側)の若者が、パキスタンを目指して逃げていく少女(イスラム教徒)を偶然に救い出し家に匿います。村人たちや家族から白い眼で見られる中、やがて愛が芽生え、一粒種の男の子が生まれ平和が戻ってきたかに見えた矢先、パキスタンへと親や兄弟を訪ねて行った妻が、回教徒にとっては憎くて恨み骨髄のシーク教徒と結婚したことを知った兄弟により軟禁状態に置かれてしまい、インドへ帰れなくなってしまいます。
シーク教徒のご亭主は自ら望んで誇りの象徴である長い髪を切り、回教徒に転向して妻を尋ねて行きますが、妻の兄弟と揉み合いになり鉄橋から落ちて死んでしまいます。
やがて、周囲から援助の手が差しのべられて、残された妻と子供はロンドンへ旅立って行くといった話です。
かなり無理がある作品だとは思いますが、互いに許しあう認め合う愛こそが、唯一越え難い憎しみを包んで癒してくれる救いの道だと語っているようでした。

いづれの作品も偶然(列車事故や分割)が運命を変えていく中で、積極的に生きることの難しさ、大切さを教えてくれました。





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