希望


761  地中海のまわりで山がないのは



地中海沿岸の国々を空を飛ぶ鳥の目になってザーと見渡すと、殆どの地域で山が海岸近くまでそり出していて、僅か
にエジプトだけが平地が広がっているように思えます。

ナイルの賜物と呼ばれるエジプトですが、周囲が乾燥していて砂漠が広がっている中、定期的に増水するナイル河の
水を利用して農業が昔から営まれました。治水を通して協力して働くことの意義、成果を早くから知り、一人のファラオ
の下で多くの人々が生活する知恵を見つけました。
聖書にも、ユダヤの民は生活環境が厳しくなると、エジプトへ何度も逃れています。
きっと、それだけ外国人の労働力を必要とする場が、エジプトにはあったからでしょう。

山がないのがあたりまえで、たとえあったとしても木が生えていないと思い込んでいたエジプト青年が、日本にやってき
た時の体験談が忘れられません。日曜日になり、ホスト・ファミリーの日本人の両親が、'天気がいいから山にピクニッ
クに行ってみよう'と彼を誘ったそうです。彼は、'何でそんなつまらない所に行くのだろう'と思ったそうです。


他の地中海沿岸の地域では、多くの人口を養うだけの川もなければ、平らな大地もなく小民族に分かれて、生活の場
をつくっていった歴史のように思えます。







762  移民で成り立っているオーストラリアの潤滑油は?




硬くなりがちな雰囲気を、一瞬の内に笑いに包み込んでくれるのがジョークだそうで、かの有名なマーク・トウェインも次
のように言ったそうな。
'即席スピーチを成功させるには、普通3週間以上の準備がかかる'と。

ミシシッピー河で蒸気船の水先案内人をしたことのあるこの人は、安全航行には水深2尋(3.6米ぐらい)が必要だっ
たことにヒントを得て、2尋(マーク・トウェイン)のペン・ネームを考えました。トウェインは、Twoの古い言い方です。ペン
ネームからして強烈なジョークでした。

先ずは、イングランドからの移民氏のジョークです。
乾燥した不毛地帯のブッシュランド(オーストラリアの大半を占める)へ3人がやってきました。それぞれ手に何か持って
います。イギリス人は傘、スコットランド人はキルトのスカート、アイルランド人は車のドアでした。
雨の多いイングランドでは、紳士は万一に備えて傘を持ち歩くのが常でしたから、今日は強い日差しを防ぐ為に使うよ
うです。
キルト(各氏族を表わす模様の織り込まれたスカート)は、スコットランド男性の誇りです。聞く所によると、スカートの下
には何も着けないそうです。オーストラリアでも夜は温度が下がりますから、スコットランド同様、羊の毛で編んだキルト
地に包まって寝る積もりだったのでしょう。
さて、重たい車のドアを持参したアイルランド人ですが、何故?と聞かれて次のように答えました。
'暑くなると、ウィンドーを開ける'と。

次は、南太平洋の島からやってきた移民男性の話です。
脳の移植手術をすることになり、日本人、アメリカ人、そして南太平洋の島の人の脳のどれかを使うことになりました。
さて、どの脳が選ばれたでしょうか?
答えは、殆ど100%未使用で新品同様の南太平洋の人の脳でした。

中国からの移民氏の番です。
聖書に登場するイブは、中国女ということは有り得ない。何故なら、ヘビの甘言に惑わされる前にヘビを食べてしまうか
ら。
目のない鹿は、何と呼ぶでしょう?
How do you call deer has got no eyes ?
答えは、ノー アイディア。(考えつかない)
No.eye deer. (No idea!)

ドイツとフランスの国教あたりからやってきた移民氏の話です。
何でも願い事を1回だけ叶えてくれるジーニー(イスラム教の中に登場する霊鬼)に、プールを何かで一杯に満たしても
らうことになりました。
フランス人はワインを願い、飲みきれないほどのワインプールに入り、ご満悦です。
ドイツ人は、ビールを願い、同様にハッピーになりました。
アメリカ人は、何故か助走をつけてプールへと向かいました。ところが運悪く、転んでしまいました。思わず、'くそったれ'
(Shit)と言ってしまいました。
そこで、プールは臭い匂いの糞で一杯になりました。

再度イングランド氏の番です。
酒場で1人で飲んでいたスコットランド人は、トイレに行く前に飲み残しのウィスキー・グラスに張り紙をしました。紙に
は、'唾をした'(I spit here )と書きました。
そうすれば、誰もウィスキーを飲まないだろうと思ったのです。トイレから帰ってみると、'私も唾をしたよ'( So, did I )と
付け加えて書いてあったそうです。
ケチで有名なスコットランド人の裏をかいたジョークでした。

こうして、練りに練ったジョークが語られ、緊張しがちなオーストラリアを構成する多民族の和が生まれるようです。







763  人生には二通りの生き方があるのみ



一つは、奇跡などはありはしないと思うこと。他方は、何もかもが奇跡でつくられていると考えることです。

同じ人が、次のようにも語っています。
・宗教抜きの科学は不具であり、科学抜きの宗教は盲目である。
・ イマジネーションは知識より大切である。知識には限界があるが、イマジネーションは世界を包み込む
・僅かにふたつのみが、無限である。
 それは、宇宙と人間の愚かさである。そして、私は宇宙に関しては定かでない。
・ 私は先のことは考えません。すぐにやってくるからです。

これらのことを言ったのは、アインシュタイン(1879〜1955)です。

’音読したい英語名言集’に載っていました。
私には、奇跡に満たされた結果、今があることを謙虚に感謝して生きるほうが良いと言っているように思えるのですが
…。








764  世界が身近になったばっかりに



1522年に3年の船旅を終えて、マゼラン一行の世界一周船がスペインに帰ってきました。
航海日誌では、その日は9月6日(土)でしたが、スペインでは9月7日(日)でした。太陽の動きに合わせて東から西へ向
かって、船旅をした結果でした。

アラスカは長い間ロシア帝国の領土でしたので、モスクアのカレンダーで生活していましたが、1867年にアメリカに買い
取られて、初めてアメリカの日付を使い出しました。

作家ベルンは、地球を一周すると丸一日の時差が生じることにヒントを得て、東回りで旅をする'80日間世界一周'とい
う痛快なお話を1873年に書きました。
原作を読んでも楽しいものでしたし、映画でも再び楽しみました。
スエズ運河がすでに開通していたことや、大英帝国が七つの海の支配者として力を発揮していた時代だったことを感じ
ました。

当時の船長たちは、太平洋上で都合のいい一日調整カレンダーをつくり、間に合わせていたそうです。今でも、太平洋
をまたいでジェット機で旅をすると、アメリカに着くと日本を出発した日の朝だったり、逆に日本へ帰ってくると、丸一日
すっ飛んでしまって翌々日になっていたりします。タイムマシーンに乗って過ぎてしまった過去や、未だ来ない未来を見
るような錯覚を起こしかねません。
現在使っている太平洋上で南北にジグザグに走る国際日付変更線(International Date Line)や24区分の時間に分け
ること、そしてロンドンのグリニッチを通る経線をゼロ(Priime Meridian) にする取決めは、1884年にワシントンで開か
れた国際子午線会議(International Prime Meridian Conference) で決まったものです。

テームズ河を見下ろせるグリニッチの丘には、東西経線の始まりを示す子午線が石畳の中に埋めてあったり、王室天
文台や海事博物館があります。ロンドンに行かれるのでしたら、ピクニックがてら出かけてみるのをお奨めします。







765  人を育てる環境



少し歴史を遡れば、何処でも以下のような教育をしていたように感じています。

30年前のインドでは、長い距離を走るチャーターしたバスやトラックには、運転手と助手がペアーで乗っていました。助
手は諸々の雑事をこなしつつ仕事を覚えながら、運転手に育っていくと聞いていました。

ノルウェーのベルゲンの港町に残るドイツ商館の中には、中世の時代ハンザ同盟都市のひとつとして栄えたころの様
子が再現されています。少年の頃、故郷ドイツを後にして中年になるまで、見習い時代から手代、頭取へと階段を一段
ずつ踏みながら育っていったそうです。

社会主義時代の東ドイツに行ったとき、学校が工場内の敷地にあり、そこでは理論と実習が、教室と工場を使って
半々で行われていました。

日本でも女性ですと、行儀見習いと称して他家へ住み込みで働きに行かせ、親元を離れた環境に早い時期から馴染ま
せました。また男子も通常は、丁稚奉公に行き一貫した実技の習得や社会人としての心得を学んで育っていきました。
勿論、平均寿命は短く幼い子供の手伝いは、実際に必要だった時代だと思いますが、'鉄は熱いうちに打て''三つ子の
たましい百まで'などの諺にある通り、幼い頃から時間をかけて、一貫性のある人材育成をマンツーマンに近い形で、信
頼関係の上に行ってきました。

総じてゆっくりと時間が流れ、社会の変化も急激にはなかったからかも知れません。
産業革命以降、工場の機械のリズムに合わせて、人間が動く時代が出現しました。
吉川武彦さんによると、近代工業化の四つのキーワードとは、スピード、生産性、管理化、画一化となるそうですが、現
在の子育てにまで強く影響を与えていて、母親が幼い子にそれと気付かずに次のように言っているそうです。
早くしなさい。頑張って。しっかりしなさい。皆と同じにしなさい。
結果としては、弱い子供側に拒否反応が表れるようになりました。

南インドの町カンチプーラムは、金糸銀糸を使ってつくる高級手織りの錦織で有名です。
インド女性は、この美しいサリーを身にまとって結婚するのが夢だそうですが、以前染織関係のツアーで訪ねたことが
あります。
貧しげに見える一軒屋の中で、夕暮れ時でしたが裸電球がひとつ天井から燈っていました。
はた織り機に向かって白髪の男性老人が織っていました。問うと、子供のころからずっとやってきた仕事だそうです。1
日中働いて日本円で百円の収入だといいます。
きっと日本ですと、人間国宝に値する人ではなかろうかと皆で話したのを思い出します。







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