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旅の魅力は百聞一見そして温故知新


81. キリスト教の聖者達の猛々しい終わり方


イエス・キリストの筆頭弟子のペテロは逆さ十字刑で殉教するし、パウロは首をはねられ、スコットランドの守護聖人ア
ンドリュースはX型の杭で死にます。その他、生きたまま皮を剥がされたり、火の中に投げ入れられたり、矢を体中に射
られたりと、考えうる限りの残忍な方法で殺されています。
殺され方がユニークであれば、その人は末永く人々に語り継がれるだろうという邪推すら感じます。
敢えて危険を冒して、未知の地へと布教に出掛ける、今に至るまで続くキリスト教者達の熱情の背景には、殉教を是と
する伝統があるように思います。


82. 地名の付け方の違い


18世紀の人、ジョサイア・ウエッジウッドが研究と実験の末、作った陶器は英国を代表するチャイナとなりました。ストー
ク・オン・トレントの街の外れに工場があります。トレント川のそばにあるストークの街という意味です。
あるいは、文豪シェークスピアやゲーテの生まれた生まれた街は、それぞれストラトフォード・アポン・エボン(エボン川
のほとりのストラトフォードの街)、フランクフルト・アム・マイン(マイン河のほとりのフランクフルトの街)といいます。
固有名詞の川の名を入れ、そのそばで発展した街ということで限定しています。誤解や間違いが生じることは、まずあ
りません。
例えば、日本で勝浦と言えば和歌山県にもあれば、千葉県にもあります。ただ勝浦と聞いただけでは、どの勝浦か決
めかねます。
あるいは、ヨーロッパでは、ナポレオン以来ときいていますが、小さな通りにいたるまで固有名詞を付けてあり、片方の
通りを奇数、反対側は偶数の番号を各家に付けてあるので、初めて訪ねる人でも迷わないで行ける知恵がでていま
す。
道路や公共の場所での標識にも分かりやすい絵文字がふんだんに使われているので、ヨーロッパの先進性を、また生
い立ちの複雑さを感じます。


 83. 人は自分の帰属先の印を見せるのを好む


スコットランドでは、男がタータンチェックの巻きスカート(キルト)を腰にしています。何十種類も図柄があり、デザインは
各部族(クラン)により異なり、染料も違いました。
アイルランドの西の端にあるアラン島の男達も、漁に出るときはその家独特の図柄の毛糸のジャケットを着て行き、遭
難などした時に何処のだれだか分かるようにしました。
インドでは、、サリーのちょっとした着付けの違いで、どの辺りの出身の女性か分かるそうです。
日本では、さしずめ議員バッジとか、会社のバッジ、学校の制服に自分の帰属先を表しているとでもなりましょうか?


84. ローティーンの太ももでよられる山繭(まゆ)の糸


インドのオリッサ州の山の中にある村へ行ったことがあります。
そこでは、大きな桑の木になる葉を食べながら生きる、自然の蚕(かいこ)がいます。
村人は木の上に登り、成蚕を取り、大鍋に入れゆでた後、取り出し村娘達の柔らかい太ももを敷台がわりにして、繭の
糸を取り出しよって長い太い一本の糸にします。カメラを向けると、恥ずかしそうに下を向いたのを覚えています。
こうして作られる自然な色のローシルク(タッサーシルク)は、ショールや男性のベストなどに織られ、人気があります。


 85. ケルト人は丘の上へ


スコットランドのエジンバラ城の本丸の中に、歴代の王の戴冠式に使った三つの宝器(ホーナーズ)が置かれていま
す。剣、王冠、そして王杖です。さらに宿命の石(ストーン・オブ・デスティニィ)と呼ばれる、漬け物石を、一回り大きくし
たような角のない石があります。
この石は、700年振りにイングランドから最近返還されたものです。元々は、スコットランドのムートの丘にあったもの
で、スクーンの石として、新しい王を決めるなど重要な事柄の際には使い、ケルト人や、あるいはそれ以前の先住民族
が丘に集いました。
同様に、ケルトの血を引くお隣のアイルランドでは、重要な決定をする時には、ダブリン郊外にあるタラの丘に集ったそ
うです。
丘の上に、わざわざ遠くから巨石を持ってきて並べたり、積んだりする習慣は、地中海の島々やフランスのブリターニュ
半島、イングランドのストーンヘンジにも見られます。
そして、遠く離れたイラン高原やインドのデカン高原にもあるそうですし、なんと日本の東北地方にもあると聞いていま
す。
先史人の残したメッセイジは、謎に満たされています。



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