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旅の魅力は百聞一見そして温故知新



76. 昼寝のすすめ


朝起きてから6時間も経つと疲れを覚えるそうで、軽く寝ると楽になると言います。
南インドや東南アジアでは昼間は暑いので日陰で休み、陽が落ちてから再び活動をするのを眼にしました。
あるいは地中海世界でも、スペイン語でシエスタという昼寝を取るのが伝統です。
日本でも田舎では、農家の人は昼ご飯の後、ごろっーと横になり休んだものですし、体を激しく動かす仕事(大工、運転
手、工事人など)をされる人は20分程度、午後の仕事の始まる前に仮眠されることでしょう。
海外旅行でも昼食後のバスの中は、ほとんどの方が寝ておられます。
そして1時間も走ればざわざわと話し声がし始め、元気が戻ってきているのを添乗員の私は背中に感じます。


 77. イスラムのお祈りの陰の進行役だったコーヒー


飲み干した後のドローっとした液が、コーヒーカップの底に残るままカップを逆さまにして、受け皿の上に置きます。そし
てしばらくしてカップを起こすと、縁に向かって様々な模様が出来ます。その模様を観て運勢を占うことをトルコではしま
す。現にかってガイド氏がしてみせてくれました。
5百年も昔、モスクでのお祈りの際、多くの信者が有り難い説教を聞かず居眠りをするので、アフリカ原産のコーヒーを
飲ませたところ、みんなパッチリと眼が開いていて集会が滞りなく進行したそうです。これはいいということで、アラビア
半島の先端にある港町モカへ、アフリカのコーヒーの豆を持ち帰るようになり、中近東へとコーヒーが広まりました。
17世紀の末、ウィーンを取り囲んだオスマン・トルコ軍は、キリスト教連合軍に不覚をとり戦いに敗れ急ぎ去りました。
去ったテントの中からコーヒーの豆が見つかりました。
当時はオリエントの文化がヨーロッパを凌いでいました。一夜にしてコーヒーブームがヨーロッパの貴族のサロンや町
中の高級コーヒー店で起きました。
18世紀は啓蒙時代と言われますが、パリではフランス革命の思想の醸成や密議の場に、あるいはロンドンではロイド
保険の船舶の動向や株の売買の席にコーヒーは好んで飲まれました。

今でもヨーロッパではコーヒーは、急ぐ人はカウンターで立ち飲みして足早に立ち去りますし、あるいはゆっくりと椅子に
腰掛け、1時間も新聞を読んだり、会話を楽しんだり、ただ周りを行き交う人を眺めて時を過ごす際の飲み物として、生
活の中に生きつづけています。


 78. 美人はモザイク壁画の中に


イタリアのポンペイ出土品の中にリトゥラットの婦人像があり、モザイクで出来ています。
ナポリの国立考古学博物館の2階に目立たず置いてあります。
ガイド氏の話しでは、モザイクと呼ばれるには縦、横1センチ以内の規格化されたサイズの石とかガラスを使い、模様
を描いたものに限るそうです。そうだとすると、サイズのばらばらな石やガラスを使った模様はモザイクとは呼べず、宮
殿や教会などの天井や壁、床に張られているものは該当しないようです。
2千年もの昔作られたこの婦人像は、茶系の石を配して微妙な色の違いで、髪型、耳や首の飾りもの、肩にそっと掛け
たショールを、そして光が左側からそれとなく当たっている感じ、なによりもこの女性の持つエレガントでやさしい個性ま
で表現しています。

モザイクの歴史は古く、メソポタミアの古代都市国家の遺跡(5千年前)から出土するそうですし、中近東の古都にはモ
ザイクだけを展示した博物館があります。モザイクはオリエントがルーツの芸術といえます。
教会の中に残るモザイク壁画ということになりますと、イスタンブールやイタリアのラベンナ、ローマあたりが古く、その
後ベネチア、シシリー島のモンレアーレなどが続きます。

いつまでも鮮やかに輝き続けるモザイクは絵画や彫刻、タペストリとは、ひと味違う芸術です。


 79. 森の熊さん


日本では、童話"森の熊さん"は幼児向けのかわいい内容になっています。
しかし、野生の熊となるとそうは行きません。僅かに北のアイヌ民族の間に、人と熊との接触があるのみで、必要最小
限の熊を殺し食肉とし、殺した後は手厚く葬るという儀式にまで昇華していました。

ヨーロッパでは、以前は熊が多く森の中にいたようです。
ドイツの首都ベルリンは、熊と関係がある名前ですし、中世の街並みが美しく残るスイスの首都ベルンも、実際に他の
動物に先だって熊が目撃されたことで、名前がつけられました。
スペインの首都マドリッドの中心広場'太陽の門'には、熊がリンゴの木の下に二本足で立ち上がり、赤いリンゴの実を
取ろうとしている像が置かれていて、マドリッド市の紋章になっています。チェコの世界遺産の街、チェスク・クロムロフ
の城の堀には、昔から今に至るまで熊が飼われています。
フランスのベローおばあさん童話、ドイツのグリム童話、あるいはアンデルセン童話等の多くは、中世から伝わる民話
を足まめに収集したものだそうです。当時の村や街の周りは、深い森が覆っている厳しい自然環境の中でどのようにし
て生きていくのかの知恵をかみ砕いて語っています。
本来のグリム童話では、赤ずきんちゃん(子供)は、母親の言いつけを守り真っ直ぐに森の中で一人で暮らしているお
ばあさんに、届け物をするのを怠り、途中でふらふら道草したために、狼(あるいは人さらいでもよい)に食べられただ
けに留まらず、家の出入り口の扉のかんぬきを固く閉ざしているおばあさんまで、巻き添えをくって食べられてしまうと
いう恐ろしい話しです。
一人の不注意が、周りの人の命に関わる影響を及ぼしかねないということを、幼児の時から教えた話です。
しかし、何故か日本では、愛らしい赤ずきんちゃんへと変身してしまい、悪いのは狼であり、罰として石をお腹に詰めら
れ苦しむことになってしまいました。
日本人に好かれるように、野生の生き物や自然を優しく捉える目線の文化は、日本の特徴の一つです。


 80. バレンタイン18年が最高と言った工場長


スコットランドの西にあるグラスゴーの街は、産業革命時代は造船のメッカとして、そして世界中の船が出入りする港と
して栄えました。
この地に有名なバレンタイン・ウィスキーの工場があります。工場見学では、工場長が仕込んだウィスキーは樽に入
れ、倉庫に寝かしておきますが、いろいろ試した末に倉庫番は今では、カナダ・ギース(雁がん)がしています。人間が
番をすると盗み飲みするし、金をかけて柵や錠を強化するほどでもないし、結果としては、泥棒がやってくれば、自然に
ガァーガァーと騒ぐこの鳥が最適です。とユーモアたっぷりに語ってくれました。

工場見学を終えた後、郊外にある同社のマナーハウス(かって貴族の田舎での屋敷であり、今は接待所として使ってい
る)で、昼食をご馳走になりました。工場見学の際のユーモア振りに惹かれての気安さ、あるいは食前酒として頂いた
バレンタイン・ウィスキーの効き目も手伝い、そっとこの工場長に仕事を離れ、個人として何処の何のウィスキーが一番
美味しいと思いますか?と尋ねました。
すると即座にバレンタインの18年ものだと答えました。果たして彼は勤務中であり、真意のほどは未だに分かりませ
ん。
私自身は、バレンタインの味は好みません。



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